p.14-4 国は速やかな避難指示や食品の出荷制限(p.12-4と同じ) ↑前のページへもどる


 「事故後、国は速やか避難指示や食品の出荷制限などの対応を行いました。」 と書いてありますが、実際に福島で放射線から逃れて避難してきた方々の中には、この表現に納得できない方々が多いと思います。
 下の表は、2011年3月11日午後2時46分の東日本大震災発生から5日間の原発事故の進行と避難指示の状況をまとめたものです。 事故の進行は予断を許さず、予防原則に立てば、早くのうちに広域にわたる避難指示を出して、避難に伴う混乱を避けるべきであったのに、 まず、避難命令を出すべき政府が事態の掌握に失敗していることが読み取れます。

 2011年3月11日から、事故による放射能拡散を過小評価し、根拠のない安全をくり返し報道してきた政府官邸。 (それを垂れ流したメディアの責任もあると思います・・・・)  避難にあたって放射性物質の拡散状況を知らせるはずだったSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワーク システム) のデータを活かすことができず、住民の避難は混乱を極めたこと。 そうした状況を考え合わせれば、副読本の表現とはうらはらな現実に気づくはずです。
 実際の避難にあたっては、いわゆる社会的弱者・避難弱者といわれる病院の入院患者の方々に、避難を原因とする犠牲者も出ています。 例えば、避難指示を受けた福島県大熊町の双葉病院には3月14日時点で病状の重い患者146人が残されていましたが、移動を余儀無くされ、 14日と15日に自衛隊によって3回にわたる搬送が行われました。そのうち21人が搬送中や搬送後に死亡しています。 避難に対する準備態勢が整っていなかったためです。
 この放射線副読本のような冊子では、現実に起こったことの反省をきちんとふまえて、今後に向けてどのように改善していこうとしているのか、 そうした記述こそが安心をあたえることにつながっていくと思います。

   
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