放射線と生命
生命の誕生と放射線 
放射線の生命に対する影響ー放射線は何故生命にとって危険かー
放射線のエネルギーを熱エネルギーに変えるとどの位?
少ない放射線は危険ではないか?
参考資料

 

生命の誕生と放射線

radioactivityandlife_1 地球が生まれたのはいまから46億年前のことと考えられています。まだ熱かった地球が徐々に冷えて海が出来、生命が生まれたのは地球誕生から6億年位経った頃です。現在一般に考えられているのは、原始の生命が生まれたところは深い海の底で、海水の温度も高いところでした。何故浅い海に生命が生まれなかったのでしょうか? その大きな理由の一つと考えられるのが生命に有害な宇宙線です。現在生命を守る地球の多重バリアーには、地球磁場、大気、オゾン層がありますが、地球磁場がまだ形成されていなかった頃には浅い海で生命が生まれたとしても降り注ぐ宇宙線によって壊されてしまったのでしょう。生命が浅い海に移動してくることができたのは地球に磁場が形成され、有害な宇宙線の進入を防ぐことが出来るようになった27億年前頃です。そして、生物が陸上に進出してきたのは紫外線を防ぐオゾン層が形成された5億年前のことです。このように生命の誕生、進化の歴史と放射線の関係を振り返ってみると、生命は宇宙線や紫外線などの有害な放射線の届かないところで生まれ、そして危険がなくなったところに進出していったのだ、といえるでしょう。
 「放射線は宇宙の誕生と共に生まれた。だから生き物は地球上に誕生したときから放射線を受けている」という記載を教材の中によく見かけます。これには重要な面が抜け落ちています。生命誕生の歴史から考えると「地球上に降り注ぐ放射線が多重バリアーにより生命に危険がなくなる程少なくなった。だから生物が生きていられる」というのが正確な表現です。

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放射線の生命に対する影響 ー放射線は何故生命にとって危険かー

 放射線は生物に吸収されると直接その細胞のDNAに傷をつけたり、細胞の中の他の原子や分子(特に水)と作用して間接的にDNAに傷害を与えたりします。DNAは細胞や体を作り上げてゆくためになくてはならない設計図ですから、放射線による傷害が大きくて修復できなければ細胞は死にます。また修復に間違いが起きれば、奇形、癌、その他の病気の原因になります。それはどのようなメカニズムによるのでしょうか。
 エックス線やガンマ線もエネルギーの小さな塊、光子、と考えられています。この光子の持つエネルギーの大きさによって、それが生体に入ったときに生物に与える影響は異なります。エックス線やガンマ線の光子が持つエネルギーは、化学結合のエネルギーに比べると桁違いに大きいものです。従って例えば、通常のエックス線発生装置からでる100keVのエネルギーでは最も強力な化学結合のエネルギーでも、14,000から 20,000もの結合を切ることが出来るのです。放射線の一部のエネルギーは原子や化合物から電子をはぎ取ります(これを電離といいます)。電離によって電子を失い非常に不安定になった化合物は、新しい化合物に変化したり、他の化合物と反応したりします。このように少しのエネルギーのやり取りで機能している生体にとって、100keVの電子が飛び込んでくることはとんでもない破壊行為なのです。

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放射線のエネルギーを熱エネルギーに変えるとどの位?

radioactivityandlife_2 例えば,人が全身に7グレイ(700ラド)のエックス線を被ばくすると、その99.9%以上の人が1ヶ月から2ヶ月以内に死亡します。7グレイのエックス線のエネルギーを熱エネルギーに変えるとどの位になるのでしょうか。大きなエネルギーになると想像する人が多いと思います。考えてみましょう。
 被ばくする人の体重は50kgとします。1グレイは、生体1キログラムにつき1ジュールのエネルギー吸収ですから、7グレイでは50x7=350で350ジュール受けたことになります。これをカロリーになおしますと350/4.18=83.7カロリーとなります。放射線のエネルギーがすべて熱エネルギーに代わるとしても、50kgの人が7グレイを被ばくすることは、83.7÷50,000=0.00167で、熱エネルギーにすると、その人の体温を約0.0017度上げる程度にしかなりません。
 どうしてでしょうか。熱エネルギーの場合、体を温めるには、体中に含まれるすべての分子に均等にエネルギーが分散して与えられます。これに対し、放射線のエネルギーの場合は、光子からまず1個の電子にエネルギーが与えられ、この電子のエネルギーは次の分子の中の限られた電子に与えられるというように、極端に集中して与えられます。従って、83.7カロリーの熱エネルギーでは化学結合を切ることは出来ませんが、放射線のエネルギーにすると、これが可能になるのです。例えていいますと、太陽光を凸レンズで集めますと紙を燃やすことが出来ます。このように、分散したエネルギーを一点に集めることによってその点は大きなエネルギーを得ることになります。放射線の場合はこれをもっと極端にちいさなエネルギーの塊である光子に集中したものと考えれば理解しやすいでしょう。

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少ない放射線は危険ではないか?

 放射線は、生体内の化合物の化学結合を切ったり電離を起こしたりして分子に傷害を与えます。しかし、生体にはたくさんの細胞、分子、原子がありますから、そのどれが傷害を受けるのか、またその傷害を生体が修復することが出来るかどうかにより、被ばくの影響は変わってきます。放射線の量が少なければ少ないだけ、放射線があたる分子や原子は少なくなり傷害を受ける確率は減少します。少ない放射線の影響が、確率的影響と呼ばれるのはそのためです。遺伝情報を持つDNAは、細胞の中で最も大きい分子なので、傷害を受ける確率も大きくなります。
 原子力施設の事故などで環境中に放射性物質が放出されることがあります。チェルノブイリ事故のように大事故である場合は、さすがに人体に無害であるとは発表できませんが、小規模の事故の場合「放射能漏れがありましたが、その量は少なく健康への心配はありません」「許容量以下ですから安全です」という判で押したようなコメントが当局から流されます。このようなとき放射線の影響の仕方を考えれば、傷害の確率は小さいけれどゼロではないだろうと考えておいた方が安全です。

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参考資料

1)「NHK地球大紀行」1、水の惑星・奇跡の旅立ち、6,多重バリアーが守る生命の星  NHK取材班日本放送出版協会 1988年
2)「生命と地球の歴史」 丸山 茂徳、磯崎 行雄著 岩波新書 1999年
3)「人間と放射線」ー医療X線から原発までー J.W.ゴフマン著 伊藤昭好他共訳 社会思想社 1991年
この本は絶版となっていますが、図書館にはあります。分厚い本なので全部読むのは大変ですが、放射線が生物に与える影響について基本的な考え方を学ぶのには最適です。また「読者が将来、お粗末な科学や欠陥だらけの報告を見破るのに役立つ」ように意図されています。
4)「放射線生物学」E.J.Hall 著 浦野 宗保訳 篠原出版 1995年
5)「原水爆実験」武谷 三男著 岩波新書 

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