国際熱核融合実験炉(ITER)の問題点
はじめに
ITER誘致の現状
熱核融合エネルギー開発と熱核兵器とのつながり
ー核兵器拡散問題研究者の警告ー
付記

 今年1月に、「日本への国際熱核融合実験炉(ITER)誘致は世界の核兵器開発競争にはずみをつける」と指摘する論文 ("ITER: The International Thermonuclear Experimental Reactor and the Nuclear Weapons Proliferation Implications of Thermonuclear-Fusion Energy Systems" 〔ISRI-04-01.13: 2004.1.23〕)が、スイスの核兵器拡散問題研究者(Andre Gsponer & Jean-Pierre Hurni )によって発表されました(http://arxiv.org/pdf/physics/0401110)ので、その要点を紹介します。

はじめに

 本文に入る前にITERについて少し説明します。ITER計画というのは、太陽で起こっている核融合反応を地上で起こして、将来のエネルギー源として使えるかどうかを研究するための実験炉を作る計画です。
 核融合が起きるためには、原子核同士が1億分の1センチメートルという距離まで近づく必要があります。原子核は正電荷を持つので、互いに近づくとクーロン斥力のため強く反発します。この反発力に打ち勝って核同士が近づくには十分な速度が必要です。それにはきわめて高い温度が必要です。太陽などの恒星では、重力収縮の結果きわめて高温、高密度となり、核融合反応が起きて長期間安定して光り輝くエネルギーを得ています。しかし反応時間はきわめて遅く、億年のオーダーです。地上で核融合を起こすには、クーロン斥力が小さい軽い原子核(水素、重水素、三重水素、リチウムの原子核)を、1立方センチメートルあたり50兆個以上のプラズマ密度にして、1〜5億度という超高温で1秒間以上閉じ込め、速い反応を選ばなければなりません。〔プラズマとは、電子をはぎ取られた、正の電荷を持つ原子核と、負の電荷を持つ電子が、バラバラになって自由に運動しながら共存し、全体として電気的に中性になっている状態のことです。〕
 核融合エネルギー利用のための研究は、1960年代に始まりましたが、実用化できるかどうかがわかるのにも、あと40〜50年はかかるといわれています(それを探るのがITERです)。経済的にも,純技術的にもまだ多くの課題が残っています。推進するかどうかの議論も必要でしょう。〔注:核融合反応が実際に最初に地上で使われたのは,不幸にして核分裂反応と同様に核兵器(1940年代から開発された水素爆弾)としてでした。兵器として使うためには,反応を制御する必要がないので,エネルギー開発のためよりもずっと簡単だからです。米国が行った水爆実験のために,第5福竜丸がビキニ環礁沖で被爆し、犠牲者が出たのは,1954年でした。〕

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ITER誘致の現状 

 現在ITER建設に関する会談に参加している、中国、EU、ロシア、日本、韓国、米国(カナダは2003年12月に撤退)のうち,前3者は、フランス(NPT 核拡散防止条約 が「公式に」認める核兵器保有国)のCadaracheへの建設を、後3者は日本(非核兵器国)の六ヶ所村への建設を推しています。
 小柴昌俊氏(2002年ノーベル賞受賞、東大名誉教授)と長谷川晃氏(2000年マクスウェル賞受賞,元米国物理学会プラズマ部会長)は連名で2003 年3月、日本へのITER誘致を見直すよう求める嘆願書を首相、青森県知事など約60の関係機関あてに提出しました。その要点を二つ挙げると

  1. 燃料の重水素(D)と三重水素(T、トリチウムともいう)はともに水素の同位体である。トリチウムはベータ線を放出する半減期が12.3年の放射性同位体である。稼動作業中に漏れ出たトリチウムが酸素と結合して(三)重水となり、地下水に混じって周囲に放射能汚染を引き起こす。装置の中に蓄えられる約2kgのトリチウムの放射線量はチェルノブイリ事故時に放出された放射線量に匹敵する;
  2. 1億度のD−T反応で発生する大量の高エネルギーの中性子は炉壁、建造物を大きく放射化して、4万トンの低レベル放射性廃棄物を産む。実験終了後にはこれらが数百年にわたり雨ざらしのまま放置され、その結果、周囲に放射化された地下水が浸透し、大きな環境汚染を引き起こす(汚染面積は放置された年数に比例して広がる)。

 小柴、長谷川両氏の他にも「発電用熱核融合炉の実現は難しい」という声が根強くあります。その大きな問題の一つに経済性があります。開発が順調に進んでも、建設費(5000億円)の半額と用地代を含め、設置国の負担は建設だけで4000億円という巨額になります。さらに2005年頃から8~10年かけて建設し、その後20年間運転、実験炉→原型炉→実証炉→商業炉と進む間にどれだけの費用がかかるか、という懸念があります(長谷川氏は総額2兆円以上と指摘)。核融合発電の実用化ははやくても今世紀半ば以降とみられ、その頃はこのような大規模集中型ではなく、太陽光、風力発電、燃料電池といった分散型電源が主流となるであろうし、途中で開発断念という事態もあり得る、そうなれば巨額な無駄遣いとなります!

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熱核融合エネルギー開発と熱核兵器とのつながりー核兵器拡散問題研究者の警告ー

 以下紹介する論文で、Andre Gsponer と Jean-Pierre Hurni 氏はITERが日本に誘致された場合の「軍事的脅威」に的を絞って論じています。その要点を挙げますと
1)キログラム単位のトリチウムを扱うITERには多大な環境問題が存在するにも関わらず、設置国の決定に関連した議論は、科学的または環境問題からというよりむしろずっと政治的、世界戦略的、軍事的である。さらに燃料に使うトリチウムの備蓄は、熱核兵器につながる。
その理由として3点挙げられる。

  1. 現在の核兵器の燃料物質としてプルトニウムが重要なのと同じくらいに、現在および,近い将来のすべての熱核兵器にとって、トリチウムは重要な核燃料物質である(付記参照)。もし、ITER設置が決まると、ITERのような実験炉も、それを発展させた商業炉でも、運転すれば年間数キログラムのトリチウムを使用するので、それが軍事的に利用される恐れがある。
  2. 日本にはすでに十分な量の分離プルトニウムの備蓄がある。これにトリチウムが大量に得られるようになれば、原子炉級のプルトニウムを使って、トリチウムで強化した熱核兵器(ブースター型)数千発分を製造する能力を持つことになり(付記参照)、日本が潜在的(現実的)核大国に容易に移行する可能性が大きくなる。
  3. ITER設置が決まれば、大規模トリチウム技術を極めることになり、強力で小型化した第4世代核兵器(核融合物質の重水素、三重水素、リチウムを主たる燃料として使う)開発につながる。研究室でこれらの熱核兵器を核実験なしに簡単に作ってしまう可能性を否定できない。

2)日本へのITER誘致が、なぜフランスへよりも世界の核拡散につながりやすいか?
その理由は6つ挙げられる。

  1. 日本でITERが運転されれば、今後、核保有国(米,英,仏,ロシア,中国)およびカナダの国境を越えて、大量(総量25kg/1回につき50g入り容器3個が年に6回の割合で)のトリチウムが日本のような非核保有国へ輸送されるという新しい事態が、NPT(核拡散禁止条約)の枠を超えて正当化される。それは,トリチウムという核兵器物質の拡散の可能性を意味する。
  2. 長距離の輸送中のトリチウムの盗難も懸念される(軍事的に重要なトリチウムの量は、同程度に重要なプルトニウムの量の千分の1ですむ上、軽くて放射能も弱いので、盗まれても探すのが困難である)。
  3. 熱核融合がエネルギー源として、非核国(日本)によって推進されるならば、他の非核国においても合法的な研究主題となり、核兵器国、非核兵器国の差がなくなる。核、非核国を問わない熱核融合エネルギーと周辺技術の研究は、事実上のまたは潜在的熱核兵器拡散をもたらす(たとえば、韓国は日本と共に、核廃棄物変換のための高エネルギー陽子加速器の開発をすすめている。これはトリチウム生産につながる)。
  4. 日本が(潜在的にしろ)核大国になれば,すでに核をもってしまったインドやパキスタン、そして北朝鮮も軍事的に必要な量のトリチウムを国産できる能力を持っているので、ドイツも,韓国も、・・と各国の核兵器開発を刺激し、さらなる核兵器開発競争に弾みをつける。
  5. 核兵器拡散情勢は数年前に比べ、はるかに複雑になり、今後は,熱核融合兵器技術、第4世代の核兵器の拡散問題へ、と質を変える。
  6. 日本には非核三原則があるので、核兵器は持たないはずである。しかし、核保有が潜在的状態から現実に移行するのは、民主的な決定過程には依らず、そこに技術があるからという事情が最もあり得る。
     

 したがって、日本が現実に核兵器超大国にならないよう,すべての技術的、政治的、軍事的要因を国家的に完全に評価することなしに、ITER誘致を決定すべきではない。

付記
1)熱核兵器の概要

  1. すでに、イスラエル、インド、パキスタン、(そして恐らく北朝鮮)でも,中〜長距離ミサイルを含むあらゆる近代核兵器で事実上造られているのはトリチウムで強化したブースター核分裂爆弾といわれる〔長崎型に比べ,はるかに小型で,総重量は30分の1(100kg)以下,純度もさほど高くない核分裂物質が数kgですみ、約2gのトリチウムがあれば比較的簡単に製造できる〕。
  2. 2段階熱核兵器は,この核分裂爆弾(一次系)からの強力X線を閉じ込め,そのエネルギーを、物理的に別構成(二次系)の熱核燃料(重水素,トリチウム,リチウムなど)の圧縮と点火に使う。ブースター爆弾は、水爆を含むさまざまな型の2段階熱核兵器の一次系として、または二次系のなかのスパークプラグ (トリチウムは数十分の1グラム)としても使われる。
  3. さらに,核分裂物質を使わない近未来型の第四世代の熱核兵器がある。いずれの熱核兵器にもトリチウムがきわめて重要な核燃料物質である。

2)熱核融合エネルギーシステムと熱核兵器との関連
元来、ITERを含む熱核融合エネルギーシステムは本質的に、軍事利用との関連が強い。理由は

  1. 高エネルギー密度技術を使うので、レーダー、点火、兵器効果シミュレーションなどの応用に直結する、
  2. 現在のどの方式の熱核融合法も、大量のエネルギー、中性子、軍事的に重要な物質(トリチウム)を産みだす、
  3. どの方式のシステムも十分コンパクトにできれば、核分裂を使わない第4世代の核兵器ーミニ水爆、放射線兵器として使用可能、
  4. 核融合エネルギー関連技術(超強力超短パルスレーザー,高エネルギー粒子加速器,スーパーコンピューター、耐強放射線/耐高熱材開発、など)の発展が兵器技術の進展を促す、
  5. 発電以外への利用(医療用同位元素と中性子生産、核廃棄物や過剰な兵器級プルトニウムの変換、同位体濃縮,水素発生、宇宙開発など)の大部分にも、民事・軍事の二面性がある、などである。

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