『世界の情勢と原子力・エネルギー』(文部科学省)を批判する

 

A:文部科学省が「原発を推進する」ことの問題

 文部科学省の「作品」として、明らかに原子力を推進する立場からの大型B4サイズの宣伝パンフレットが学校に送られてきた。発行日は「平成18年11月」となっている。そして「この冊子は、文部科学省の委託により(財)日本原子力文化振興財団が作成しました」とある。以前から日本原子力文化振興財団はこの手の宣伝パンフレットを作成して学校に送ってきてはいた。それまでは原発推進の組織が宣伝パンフを送ってきている、とやり過ごしていたが、文部科学省として作成・発行するとなるとその影響力や学校での受け止め方も違ってるので、文部科学省の立場が問われるのではないかと思う。国民世論のなかで論議・対立のあるテーマについては、両論併記するとか、一方に偏向した内容にならないような配慮をするのが文部科学省の立場ではなかったか。いくら原発推進行政を担ってきた科学技術庁と文部省が合併したといっても、教育的配慮もなされないでそのまま原発推進の立場を教育内容にまで横滑りさせることは許されない。

 

 

B:内容の問題

 以下、主な項目を追いながら、このパンフレットがいかに偏った一方的な内容であるかをポイントを絞って紹介する。出だしのタイトルは「地球温暖化とエネルギー」である。地球温暖化を説明し、「CO2の発生が少ない自然エネルギーや原子力などの利用を積極的に進めていくことが必要となっています」とある。自然エネル ギーと並べて、原子力の積極的な推進のダシに地球温暖化が使われているのである。後述するが、原発を増やすことはCO2排出を抑制することには決してつながらない。 2つ目のタイトルは「よりよい暮らしを願う世界の発展に、ブレーキはかけられない」という、強烈なメッセージである。そして「消費量の増大や資源の埋蔵量に目を向ける必要がある」と続く。地球温暖化問題を本気で考えていないことはこうしたタ イトルによく表れている。地球温暖化問題を考えるなら「持続可能な社会を作るために」ぐらいのタイトルが欲しいところである。そうすれば省エネルギー、再生可能なエネルギーなどの方向性を示すことが出来るのだが・・・・。すべては「原発」につなげるため、ということか。

 そして3つ目からは原発関係の登場となる。「日本が原子力を選んだ理由」「日本は国家戦略として、原子力の一層の有効利用����に取り組んでいく方針です」とある。 理由を3つ挙げている。

  1. 少ない燃料で多くの発電ができる。
  2. 一度使った燃料をリサイクルできるという大きな利点がある。
  3. 環境面でも、発電時にCO2を出さない という特性を持っている。

 1についてはともかく、2・3はあまりにひどい理由である。まず2燃料リサイクルについて。100 万kW級原発のウラン燃料は1年間で27~30トン使用し、ほぼ同量の使用済み燃料が生じる。その使用済み燃料を再処理して取り出されるプルトニウムはわずか25 0~300kg。そのうち核分裂するのはせいぜい200kg、もとの使用済み燃料の1%にも満たない量である。こんなものをリサイクルとは言わない。残りの多くは燃え残りのウランであるが、天然ウランに比べ放射能が強く、電力会社も使いたがらないものでしかない。もし使うとしたら、労働者被曝の点でも、事故の危険性の点でも問題を拡大することになる。リサイクルという言葉に合わせるだけのために使うの だろうか。 次に3環境面について。たしかに発電時にはあまりCO2を出さないのは事実であるが、ウランの採掘から濃縮・加工と、発電に至るまでにCO2を出すし、発電後の使用済み燃料や放射性廃棄物の後始末からもCO_を出す。何万年も放射性廃棄物を安全に管理し続けるなら、膨大なCO2を出すことになる。また原発を増やすとエネルギー消費に占める電力消費の比率を増やすことになる。原発はエネルギーの利用効率が悪い。3分の1くらいは電力として使われるが、3分の2は温排水として環境中 に捨てられる。長い送電線を使うことからのロスも多い。そもそも、膨大な量の放射能のゴミを無視して、環境によい原子力というのはナンセンスだ!

 4番目のタイトルは「あのチェルノブイリを忘れてはいけない」であり、少しは期待した。「その教訓を生かし����取り組みが行われています」とも書かれている。事故の事実として、(1)運転員が違反をおかしていたことで、出力が急上昇し、大事故になった。(2)原子炉をカバーする格納容器がなかったため、大事故となった。日本の原発は(1)出力上昇を自然に抑える自己制御性がある。(2)頑丈な格納容器を備えている。だから「こうした事故は起こりません」と表現している。引用している図も、日本の原子炉とチェルノブイリの原子炉の違いを強調し、日本とは違う、だから日本では事故は起きない、と信じさせる内容になっている。これでは、チェルノブイリ原発のような事故は日本では起きない、として全く教訓化されないではないか!! チェルノブイリ原発事故について、(1)いったん大事故が起きると、取り返しのつかない事態になること、(2)人為的ミスは避けられないこと、(3)被害を過小に見ることにより被曝者対策が遅れたり無視されたりすること、(4)秘密主義の問題など、教訓にしなければならないことは多い。本当に教訓にすれば、脱原発という方向性こそが一番の教訓になるはずだが・・・。東京電力をはじめ、電力会社のデータ改ざん・ごまかしが会社ぐるみで組織的にずっと続いてきたことが明らかになっている今、そうした姿勢のもとで原発を動かし続けていることの危険性は言うまでもないであろう。

 5つ目は「原子力の開発を急ぐ国、撤退を決めた国、それぞれが未来図を描いている」とあり、アジアを中心に原発を進めているという内容になっている。 6つ目は「再処理、そしてプルサーマル」。ぜひともやりたいということを「その背には、半世紀に及ぶ蓄積がある」と強調している。それでもなかなかうまくいかないので、「長年にわたり、その確立に向けた技術開発が進められてきた」と述べている。いま青森県六ヶ所村の再処理工場が試運転中であるが、原発が1年間に放出する放射能を1日で放出する、といわれるように放射能の放出が桁違いに大きく、環境に大きな被害をもたらす施設である。再処理により残される放射性廃棄物の量も多くなる。 かかわる労働者の被曝も増大する。そして、せっかく取り出したプルトニウムは高速増殖炉計画がもんじゅの事故でストップして使えない。プルトニウムをたくさん持っていると「日本は核武装する気か」と疑われるので登場したのがプルサーマル計画である。プルサーマルにメリットは全くない。コストは高い。制御棒の効きが悪くなるなど、原発の安全性は低下する。放射性廃棄物の量も増大する����。

 7つ目は高速増殖炉である。「高速増殖炉の実用化によって、長期にわたる発電用燃料の確保と環境保全を同時に達成することができます」「2050年より前の実用化が目標」とある。こういう机上の空論を書き連ねてよいのかとあきれてしまう。うまくいかないので世界中があきらめてしま った高速増殖炉を日本だけが進めようとしているのだ。このあと放射性廃棄物の処理や放射線の利用の話が続き、最後は核融合の夢の話で締めくくっている。これが、文部科学省が自らの名前で発刊した、学校で活用するように配布したパンフレットである。<救い>があるとすれば、あまりにひどい内容で、教材としての工夫もされていないので、学校現場ではほとんど使われないだろうと予想できることだ。
吉井友二(高校教員)

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